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27歳になりました

by 斉藤のどか (Nodoka Saito)

実は先週、27歳になりました。

毎年、誕生日になると高校で出会った親友から誕生日カードが届きます。毎年、その内容はほぼ同じです。もう1年過ぎたんだね、もうXX歳になったんだね、私たちが出会ってからもうXX年経ったんだね、お互いいつまでも変わらないよね。でも、今年の誕生日カードはちょっと違っていました。「ここまで人が変わるとは思わなかった(いい意味で)」と書いてあったんです。

母国なのに、馴染めない

私は4〜8歳までアメリカに住んでいました。人生のスケールで考えると短い期間ですが、その4年間は私という人間そのものに大きな影響を与えました。

日本に帰国した直後は新しい環境になれることに一生懸命で、クラスメイトも子供らしく壁を作らずに接してくれたのでそこまで苦労しませんでした。でも学年が上がるにつれて、「女子は授業中、挙手したら変」「モー娘。知らないなんてありえない」「読書が好きなのは暗い子」という固定概念に自分の性格が狭められていきました。固定概念にはまった方が楽だったので、性格を無理やり型にはめたこともありました。中学、高校に上がるにつれ、日本では自分らしくいられないという気持ちがどんどん大きくなって、とにかく海外に出ることだけを夢見ていました。

高校時代の親友にとって、「日本もう無理。早く海外行きたい」と言っている私が一番印象に残っているんだと思います。

そんな私が、いきなり日本で政治家を目指すと言い出したので、相当驚いたんだと思います。

幸せになれる国

この決断に至った理由は本当にたくさんありました。何かひとつのきっかけがあったわけではなく、小さな出来事や気づきの積み重ねでたどり着いた結論です。でもとにかく、もう逃げたくないと思ったんです。

日本逃亡計画を持っている人や実行した人は、けっこうたくさんいるんです。親友も、日本が息苦しくて海外で仕事をしています。地元の友達も、セクシャルマイノリティーとして日本では幸せになれないと、海外に移住しました。ワーキングホリデーで海外に渡って永住できるような仕事を探す友達や、フライトアテンダントとして海外に住む友達、留学のために貯金をしている友達。細い理由はそれぞれですが、みんな以前の私がそうであったように、日本よりも海外の方が自分でいられる、楽しい、自由と考えています。

とはいっても、母国は日本なんです。日本には家族もいるし、日本食が一番口にも体にも合う。桜も紅葉も綺麗だし、便利さや安全性、清潔さでいったら世界トップレベル。日本が嫌いかと言ったら決してそうではないんです。本当は日本で幸せになりたいのに、なれないから海外に出てしまうんです。

私は、これ以上悲しいことはないと思います。同時に、ものすごい悔しさを感じます。母国で幸せになれないと気がついた人こそ、変化を巻き起す可能性を秘めているのに、その人たちが海外に流れているのがもったいなく思います。だからこそ、私はあえて日本に残って、政治家として多くの人が幸せになれる国を作りたいんです。

27年目の決意

長時間労働がない国、男女が平等に生きられる国、家庭と仕事が普通に両立できる国、何歳になっても安心して暮らせる国、多様性が受け入れられる国。世界中の多くの国で当たり前になっていることを、日本でも取り入れたい。課題はまだまだありますが、「この国で幸せになれる」と一人でも多くの人が思えるような日本を作っていきたいです。

そのために必要なのは、常に学ぶこと。そして多くの場所に顔を出して、地元での知名度を少しでもあげること。人生27年目、地道な努力をしっかり重ねていきます。


斉藤のどか (Nodoka Saito)
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