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私が政治に目覚めたわけ

by 斉藤のどか

海外にいけば、暮らしやすいはず

私はずっと、日本の社会に不満を持っていました。会社に入ると毎日遅くまで働かないといけない。女性は子供を産むと仕事に戻りにくくなる。だから私は、大学を卒業してすぐにシンガポールに行きました。海外にいけば、もっと暮らしやすい環境にいられると思ったのです。

シンガポールで見た、世界の現実

シンガポールというと、綺麗な都会というイメージを持っている人が多いと思います。でも、そこで私が目にしたのはとてつもない格差社会でした。特に東南アジア・南アジアから働きに来ているいわゆる「出稼ぎ」の人たちの生活状況は最悪でした。ある時、コンビニに立ち寄ったら、マレー系の女性が一人で店番をしていました。彼女はレジが置いてあるカウンターにもたれかかって、意識がもうろうとしている様子でした。あまりにも具合が悪そうなので、「大丈夫?」と聞いたら、「14時間のシフトやって、2時間家に帰って娘の世話と家事をして、また14時間のシフトをやりに戻ってきたから疲れちゃったの。でもいつもこれだから慣れてる。大丈夫だよ」と言っていました。

私自身も、仕事でたくさんの辛い想いをしました。最初の職場では上司のパワハラを目の当たりにしました。その次の職場では面接の時に聞いていた給料と実際にもらえた給料があまりにも違って、生活がかなり苦しくなりました。3ヶ月の試用期間が終わると、さらに給料を下げると言われ、転職しざるを得ませんでした。3つ目の職場では上司との関係がうまくいかず、ある日突然クビにされました。もちろん、どの職場でも私にも非がありました。でも、「さすがにここまでひどい扱い方をしなくても」と悲しい気持ちになりました。

私は、世界の現実を知った気がしました。「会社を作った人が一番お金をもらうのは公平」という意見を多くの人が持っています。それは確かにそうかもしれませんが、だからと言ってその下で働く人たちの自由や健康、幸せをおろそかにしていいのでしょうか?お金だけを最優先してしまう社会で幸せになれるのは、一握りの人たち。それ以外の人たちはただの労力として一生働かないといけない。働いている人たちがいるからこそ、ものやサービスの価値が生まれるのに、その働いている人たちが報われない。この仕組みに、私は大きな疑問を感じました。

みんながやらない分、私が頑張る

シンガポールでの経験は、私を大きく変えました。昔から家庭の環境に影響されて、政治は気にかけていましたが、さらに敏感になったのです。日本に帰国したのは2014年9月ですが、その3ヶ月後に総選挙がありました。その時の争点は特定秘密保護法、集団的自衛権、原発、消費税増税など。私は意見がぴったり合った共産党を一生懸命応援しました。憲法の違反を繰り返し、国民の過半数が反対するような政策を掲げている自民党政権を弱めることができる、と大きなチャンスを感じていました。でもその結果は、自民党が圧勝。結局自民党、公明党、その他の党で与党が議席の3分の2を取ってしまいました。

自民党が多くの票を獲得したことももちろんショックでしたが、私はそれ以上に投票率の低さに衝撃を受けました。特に私と同世代の人たちの投票率は約30%ほど。100%に近い国民が投票して自民党が勝ったならまだしも、ほとんどの国民が関心がないなかで自民党が勝ったことがとても悔しかったです。

同時に、希望も見えました。「もし、政治に関心がない人たちが関心を持ちはじめたら、政治は大きく変えられる」と思ったのです。そして私は、人1倍政治に関心を持って、「政治」そのものを当たり前にしよう、広めよう、と決意しました。その第1歩として、応援した共産党が発行する赤旗の日曜版を購読し始めました。これが、私が積極的に政治に関わるようになる第1歩だったのです。


斉藤のどか
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